主語を失った述語は暴走する。

ところでわたしはこんな人文系っぽいことを書き殴っているけど、テレビも見ないような困った子である。
というわけで世界情勢には酷く疎かったりするのだけれど、今中国情勢ってどうなっちゃってるの?
とまあそんなことをふあふあと考えているのはたてつづけに反日が云々とかいう文章を見かけたからだ。
いつもそんなことは書かない友人がブログに書いてたり、攻殻機動隊S.A.C. 2ndGIGの掲示板にて作品内容が中国に似ているという話題が出ていたり。(わたしはむしろ日本の情勢の暗喩に見えたのだけれど…それはさておき)

それらの文章の論調は、別に反中めいた感じはなくて、穏やかなものなのだと思う。
ざっくらばんにまとめちゃうと、過去の問題は多々あれども、両国とも冷静な対話をという感じの論旨だ。打開策なんて言葉が多く見られたりする――告白すると、わたしは打開策とか両国とも冷静な対話をって言葉に何か居心地の悪さを感じた。

中国とか戦争責任とかそれに由来する反日とか聞くと、わたしはとてつもなく途方に暮れてしまう。
BANANA FISHの「飛び屋さん、空の上」奥村英二を目の当たりにして「マイッチャウナア…」と頭を掻くしかない写真家みたいに。
「…」は後ろめたさと恥ずかしい気持ち。わたしの親の親のまた前の親の世代に起こったことで、とても実感として感じられてないから、だから同じ土俵にたって言葉を紡げない(反日教育というのは、たしかに問題なのかもしれないけれど、他者…他国と関わりあった記憶を後の世代までに遺したっていう文化的な功績はあるにはあるんじゃないだろうか。勿論、恣意的な部分をも称える訳じゃないけれど…すっかり忘れてしまったわたし達だって、反日教育と同等程度には問題があったりするんじゃないかなあ、なんて思うのだけど…ちょっと怖いな、凄く叩かれそう)、謝るにしても、妥協点を探そうというにしても、何だか空の上から語を発しているような気分になってしまって、とても後ろめたくて、またそんな自分が恥ずかしくて…。
とても申し訳なく思うし、心からごめんなさいと言いたいし、だけど実感のないままに言ったとしても、そんな「加害者になりきれていない人間の上っ面の言葉」でどうなるわけもないし(加害者と被害者が語り合う場を設けることで被害者・加害者の両方の心の傷を癒す…だとか、ちょっと語弊がありそうな説明だけれど、そんな制度があって、また成果をあげているというのは何かの本で読んだ事がある。思い出したら読み直したい)、それじゃあお金で解決と、税金が上がるとか言われちゃうと、とてもそれは厳しくて項垂れてしまうし…。

と、わたしの内面をつらつらと書き連ねた。
わたしが居心地の悪さを感じたのは――つまりそういうことだ、打開策とか両国とも冷静な対話をとかそういう言葉を使ったとき、わたしっていう主語がぽん、と抜け落ちて、大上段から喋っているような、あるいは喋られているような気持ちになるから。勿論、そういう気持ちでみんな喋っているなんて思わない。ただ流通している言葉に空恐ろしさを感じた。
もしもケンカしている相手に、そういう風な言葉を返されたら、「話すだけ無駄だろうか」と思ってしまうと思う。
――…勿論国と国との話だということはわかっている。だけど「反日」の個人にすら通じない理屈で国が立つかとも思っちゃう。我ながら優等生な意見だと思うけれど。とにかく、ヤフーニュースみたいな本当に叙事詩、叙景詩的なものでそういう言葉を使うならとにかく、ブログとかみたいな叙情詩的な場所で、そういう言葉を使ってしまうのってちょっとズルイんじゃないかなと思っちゃう。

何が「ズルイ」かというと、「打開策を」と使った時、主語は「わたし」じゃなくて「わたしたち」になっちゃってやないか…というと飛躍かしら。

でも他者を想像する場合の主語は、あくまでも一人称のはずだ。自分というこの一人称の主語が消えた時、情感はねじれた述語となって暴走する。(中略)「許せない」との述語が典型的だ。主語が曖昧に拡散している。だから口にしやすい。だからあっというまに周囲に拡散する
森達也/世界が完全に思考停止する前に/子供に見せたくない番組 より)

これは「反日」のひとたちもまたそうかもしれないけれど…
でも相手がそうであるからってそうしてよいってわけでもない、とわたしはかたく信じている。
反日教育によって日本の残虐さを教え込んだ中国の若者達が起こした暴動を、愛国無罪の名のもとに犯罪を見逃している中国当局 」という書き込みを見かけた。彼らも「我々」って主語を使ってるかもしれない。

「我々」や「国家」、「国益」や「公」などの語彙に主語を譲るとき、きっとこの国は過ちを冒す。架空の話じゃない。日本は過去に何度も体験しているはずだ
(同上より)

こう結ぶのって飛躍かしらん。
ああ、でもそういえばわたしは「公」という言葉をよく使う…。

Banana fish another story (小学館文庫)

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世界が完全に思考停止する前に

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